にいさんの しらしんけん☆

島ないちゃーの劇団員。上村洋さん 通称にいさんのブログ。
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映画【岡本太郎の沖縄】


http://sakura-zaka.com/movie_info/15992

(映画【岡本太郎の沖縄】感想。ドキュメンタリー作品は基本的にネタバレは気にせずに書きます。多少 具体的内容について踏み込む箇所もあります。)

「岡本太郎と沖縄」を語る時にどうしても避けて通れないのが、あの『風葬暴き事件』です。そこについても真正面から触れてくれている姿勢には監督さんの誠実さを見る思いです。そして、ここではその『事件』のくだりから触れていきたいと思います。

これまで語られてきたところでは、『イザイホーで知られる神聖な島、久高島を訪れた岡本太郎は 島の風葬墓(遺体を風に晒して 風化を待つお墓で、崖や洞窟などに木箱や壺に入れた状態で雨風に晒す形をとります)を「蓋を開けて」撮影した挙句 本土の週刊誌にそれを掲載してしまった-事件。』と私も聞いてきましたが・・実際にはどういうことが行われたのか?

墓の中の御遺体を撮影したのも本当なら、それを週刊誌に掲載してしまった事も本当で、その事により遺族かもしれない方はもちろん島の人たち、沖縄の人たちの多くが心を痛めた事も 確かなことです。

太郎に同行した人が言うところの「岡本太郎は墓の蓋を開けたなんて事はない。暴いたなんていうのは違う」という(ごめんなさい、これ正直 言い訳にしか聞こえなかった。)ことで済む話しではなく、本来遺族でもなんでもない関係の無い人たちが島の外からゾロゾロやってきて、しかもお墓の中の御遺体を カメラでパシャパシャ撮られる方の家族や島の人たちの気持ちを想像してみてください。

ただし、映画での取材の中で浮かび上がってきたのは、太郎がひとりで 風葬の御遺体を写真に撮ってしまったか否かという点については、それは 太郎が自らひとりでやってしまった事ではなく、周りに 「その場へと誘導する記者たち」がいたということがわかりました。

それは県外の記者だけではなく、地元の記者までもが、知れば岡本太郎が喜ぶに違いないと、「別にその時には誰も止めたりしませんでしたよ」と、まず地元の記者が太郎にささやき、周りの記者たちも一緒にその風葬の地へと向かっていったこと。

結果(周りから勧められるままに連れてこられた)岡本太郎はカメラを向ける流れになってしまい、結果・・『岡本太郎は墓を暴き写真を撮った』という話しになってしまった。

もちろん、太郎さんの行為を良しとは思えないのだけれど、周りの無責任な人たちの配慮のなさ過ぎる振る舞いにも 考えさせられてしまいました。


でもこれは、これに似た事が、もしかしたら いろんな場で行われているんじゃないか?


という思いを抱かずにはいられませんでした。あそこにいるのはお前なんじゃないか?と そんな言葉が聞こえてくるような・・

映画の中でしきりに使われる「滅びゆく沖縄」というフレーズを聴きながら、あらゆる形の「墓暴き」がこの島では行われているイメージが頭の中で膨らんできました。しかし同時に、

いや、「久高島に受け入れられた」岡本太郎ならばこそ言える台詞なのかもしれないが、

しかしそれを言っていいのは沖縄の人間だけだ。

と、私は思う。

そこに生きる人たちの日々の生活の歩みこそがこの島の姿であり、そこに生きる人たちの生活の場に対して 外からやってくる知識人や有力者が もっともらしく「失われゆく沖縄」を語る時に感じる違和感を 県外の沖縄好きを自認する人たちは もう少し考えた方が良い-と感じる時が私にはあります。(別に知識人ではないが、それは私自身に対しても突き付けられる事です。)

とかく県外の沖縄通の人たちの中には「自分にとっての理想の沖縄像」を ついつい常に沖縄へ求めてしまうところがあります。自分自身がそうであったのです。いや、今も そうかもしれません。目の前で何かの開発が進むたびに(そして何かが消えるたびに)ひとりで思い悩み 身の回りの人へ何かそれを訴えることも叶わないまま、基地問題の痛みとはまた違う戸惑いを自覚することがしばしばあります。そこにいる人たちの顔がリアルに浮かんできてしまうのです。

島の外から 「滅びゆく」という言葉を用いる時に、 そこに生きる人たちを無視した語らいは私には出来ません。そう思う自分がいました。










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Posted by にいさん at 2018年11月24日   13:52