にいさんの しらしんけん☆

島ないちゃーの劇団員。上村洋さん 通称にいさんのブログ。
てぃーだブログ › にいさんの しらしんけん☆ › 日田彦山線の復旧問題は 日本のディストピア化が問われている問題?(今回はJR九州さんへ望むこと等)

日田彦山線の復旧問題は 日本のディストピア化が問われている問題?(今回はJR九州さんへ望むこと等)


https://haruniy.ti-da.net/e11445077.html

↑ JRの日田彦山線の区間の約4割がいまだ復旧出来ない問題について。

(写真は13日の毎日新聞より。)

日田彦山線の問題について、前回は主に大分県の広瀬知事のこれまでの言動及び政策の中身を引き合いにして「広瀬さんそれはなくないですか?」という突っ込みメインの記事になりましたが、今回は【JR九州さんメインの内容】で主に書きたいと思います。

あの豪雨災害によって大切な「生活の足」である鉄道が使えなくなってしまった

という事態の重さについてまず想像してみたいと思います。

中には「この地域は車社会だし、自分は困らないし、赤字路線は廃止して当然だろ?」「そんな赤字を垂れ流すような路線に税金投入してどうするの?」という趣旨の意見・反論が散見されたり直接いただいたり。(しかしそういう考えの方も読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m)

そりゃ、運転出来れば困らんだろうさ(笑)

でも、車を運転出来ない人。特に高齢者の人たちはどうなるのか?

そもそも「今、地方は車社会だから」というフレーズ 一体いつまで使えるフレーズだとお思いですか?

これだけ高齢化が進んで、高齢者のドライバーの事故が社会問題化し、高齢者の免許の返納についての話題がこれだけ大きくなっているにも関わらず、「地方都市や過疎の地域では、今も若者がわんさか住んでて1人1台レベルで車の運転してまっせ」てな話しであれば、鉄道なんかなくても大丈夫だね( ゚д゚)凄いね〜 って言えるんだけどさ、

現実は益々運転が困難な人が増えてきている。

更には今全世界的に「地球温暖化まじでヤバいぞ」と語られる中で、自家用車の二酸化炭素排出量が電車の9倍を超える排出量であるという事が知れ渡るに至って、『移動は車から電車などの公共交通へ』と社会的に叫ばれている昨今ですよ。(事実。国土交通省もそれを呼びかけてさえいます。)

「地方都市や過疎化が進むような地域は車社会だから」というフレーズは、高齢化及び温暖化対策が追い打ちをかけ、はっきり言って近い将来「絶滅危惧語」(要するに死語ですね(=゚ω゚))になると個人的には捉えています。まぁ、夢のような自動運転化と電気自動車や水素自動車の普及が短期間で劇的に増えれば別ですけどね。たぶん、そうはならない。

自分は大分にも福岡にも(この問題の区間の地域も)あちこち出没している人間ですので、福岡市内のような大都市圏とそうでない自然豊かな地域の「移動の格差」みたいなものも感じていて(ただ、誤解されたくないのは、「格差」といっても、博多みたいな過密で利便性高い場所が必ずしも生活環境として良いかどうかは、どちらが好ましいかはそこに暮らす人の受け止め方によって異なります。むしろ電車の数が少ない地域の方が魅力でもあり得ると 今では感じます。だから「移動手段の数の格差」はどちらが良い悪いという話しではないと御理解ください)あの災害の後に感じた事は、この目の前の一本の線路が断たれた時は、ここに暮らす人は移動手段がかなり厳しくなるよな!?というリアリティでした。皆が皆車を運転出来ればいいけどね。そうではない人にはきついな〜とリアルに感じます。

まずJR九州は民間企業ではありますが、同時にそうした地域に暮らす人には大事な社会インフラを担う企業でもあります。

何もここに新幹線やソニックを通せとか列車の本数を増やせとか言うてるわけやない。日田や小倉までちょっとした遠出をしたい時(しなければならない時)に近くの駅から地域の人が移動手段として利用出来る「最低限の移動手段」を-そこにあったものを復旧してくれと言うてるだけです。地元の人たちへの毎日新聞の取材によると95%の住民が「鉄道復旧を望んで」おりトップ会談に加わった渋谷村長はそんな住民の意志を受けて「財政負担をする覚悟で」復旧を求める姿勢を貫いたのです。(ここも重要な部分で、地元の意志とそのリーダーの明確な要求がある以上は、まずそこに気持ちを寄せたいと私は考えます。)


これがもし、JR九州さんが経営破綻寸前のヤバい会社ならば、もしそうならば、さすがに私でも躊躇いますよ。

しかしJR九州さんは儲けてる黒字の企業ですよ。(不動産でどんだけ儲けとるんじゃい?って事の中身の是非はここでは触れないが)日本全国廃線の危機にある路線がある事は存じています。しかし、そこにも人は暮らしているんです。だから、厳しい時には自治体や国による支援をあおぎながら(つまり私たちの税金を活用してもらいながら)支えるという話しも出てくるわけです。

鉄道はその地域の人にとって大切な「生活の足」であり、単なる儲けの為の商品ではありません。

これだけ【企業の社会的責任】というものが厳しく問われる中において、もしJR九州が妥協に妥協に妥協を重ねた(そして完全復旧には程遠い)BTRで結着させるというのならば、JR九州としての社会的信用はがた落ちと言わざるを得ません。鉄道企業の本分とは?という姿勢が今問われていると私は思います。

「社会的インフラ」に関わる企業は利益を得られる部門で厳しいインフラ部門をカバーさせる。場合によっては 私はこういうところにこそ自分が払う税金は使われて欲しい!(と声を大にして言いたい)公的な支援を仰ぐ。又は民間からの支援を(例えば、規模や性格が違うのは重々承知だが、今の首里城への支援金をちょっと検索してみて下さい。又は沖縄のドクターヘリなども民間からの支援金が使われています)求める事も手段としてあり得ます。支える手段も多様化しています。

それから、

未来永劫 100%赤字路線確定なんて 誰が決めた?

しかも、それはJR九州の壊滅が避けられない規模の復旧工事なのですか?(不動産・商業施設・新幹線でめっちゃ景気ええやないですか?一方で「なのに地方路線にはシビアに対処しているJR九州」と言われてる負のイメージを変えるチャンスじゃないですか?それとも大都市以外はシビアに切り捨てですか?)

これから、高齢の方による免許証の返納が増えていく中で、そんな人たちの生活の足として鉄道を利用しやすい存在にしていこうという空気が生まれている今、その大事な社会資本を手放してどうするんですか?

いくら大企業に目くじら立てがちな自分でも?体力のない弱ってる企業にはこんな事言えませんよ??(これが例えばJR北海道だったら、ここまで言って大丈夫だろうか?この会社に復旧させて大丈夫なんだろうか?とか思うかもしれない・・(⌒-⌒; )その意味ではJR九州さんはしっかりしたブランド価値のある会社じゃないのですか?ブランド価値とは「信用の価値」です。)


こんな事がもしまかり通ってしまえば、今後、全国各地の厳しい地域の路線は次々と右に倣えと廃線やBTR化が加速していく事でしょう。


そうなれば、地方に住み不便を被るのは自己責任であると。災害で大変な目に遭われた人にもそんな冷たい対応をとるような社会の姿を想像するとまじで身の毛がよだちますよ。

求めているのは特別な事ではなく、最低限の移動手段、これまでと同じように変わらずに生活していきたいという そんな願いさえも、企業の収益によって「処理」されてしまうような そんな世の中の事を

ディストピアと呼ぶのです。





iPhoneから送信


Posted by にいさん at 2020年02月17日   09:27